ノンデザイナーによる、タイポグラフィ再考察っ

ノンデザイナーによる、
タイポグラフィ再考察っ

私たちの街にあふれているありとあらゆるデザインされたものたち。その多くのデザインは文字や文章による情報との組み合わせによってデザインが成立していることにしばしば気がつく。その文字からくるイメージとシンクロし、デザインの完成を私たちは体感しているとも言えるのではないだろうかーっ!!!、、、んっがんんっ!!!!!

でざいんってなによ

こんにちは!WEBデザイナーとして日々勉強中であります、うにこでございます!

さて、皆さんは、ネットの海をサーフィンしている中で、文字を読まないということはほとんどありませんよね?情報アーキテクチャの先駆者として世界的に有名な「Information Architects」のオリバー氏は、こんなことを言いました。

「Web Design is 95% Typograpy」

この有名な記事を書き起こしたオリバー氏は、「Webデザインの95%はタイポグラフィである」と述べたのです。これはとてもしっくり来る話だと、みな同感したのではないかと思います。 たとえば、ネットショッピングをするときに、商品のイメージだけで購入することは、店頭での買いものと違い、なかなか難しいですよね。価格をはじめ、特徴やデティール、レビューなどなど…、画像ではわかりくい部分らを、文字から伝わる情報を噛み砕き、購買を決定しているのではないでしょうか。ネットショップは店頭とは違い、商品を手にとって確認することができませんから、文字から伝わる情報がより重要性を増すのです。

この例により、タイポグラフィがWEBデザインにとって無くてはならない役割がしっかりあるんだと言えませんか。そんな、タイポグラフィから感じるデザインとの関係は、切っても切れない関係と言え、その絶妙な相違関係の元で成り立つタイポグラフィの存在はデザイナーにとって、どうしても譲れないものであると断言できるはずなのです。というわけで、あらためて奥深いタイポグラフィについて再考察をしてゆきます。先ずはWEBデザイナーがタイポグラフィを用いてベストなコミュニケーションをするためには、どのようにすればよいのか?

先ずは、デザインの定義をかいつまんでゆきましょう。

デザイン

デザインは、ある対象について意匠すること。デザインを業とする人をデザイナーと呼ぶ。

狭義のデザインと広義のデザイン

狭義のデザインには、設計を行う際の形態、とくに図案や模様を計画、レイアウトすることであり、芸術、美術的な意味を含んでいる。美術を実用品に応用することから、応用美術と言ったり、商業的なデザインを商業美術ともいいます。産業革命以降、日本はデザインの意識がグンと高まり、アール・ヌーヴォーなどの流行、バウハウスの機能主義などなど、つねに時代の象徴を創造し続けてきました。その対象は、非常に多岐にわたり、さらに細分化されています。 デザイン界ではアーツ・アンド・クラフツ運動によって生活と芸術の統一がテーマとなり、それを受け継いだドイツ工作連盟らが芸術と産業の統一を意図し、デザインこその重要性を世界へ認識されるようになっていきました。

広義のデザインでは、デザインを日本語では「設計」ともあたるのですが、「形態」や「意匠」と訳されてきたけれど、それだけに限らず、目的を持つ人の行為を、より良いカタチで適えるための「計画」も意味するのであります。人が作り出すものは特定の目的を持ち、それに適うようデザイナーの手によって計画されます。

デザインの対象は、衣服、印刷物、工業製品、建築などにとどまらず、都市や人生計画にもおよんでいきます。物や環境を、人が自然な動きや状態で使えるように設計する工学、あるいは、人の物理的な形状や動作、生理的な反応や変化、心理的な感情の変化などを研究して、実際のデザインに活かす学問という意味において、人間工学と共通している。考慮すべき要因には、機能性、実現性、経済性、社会情勢など、目的を実現することに関わる全てが含まれる。

なお、特定の事業は誰が計画そしてデザインしたのかという質問などに対して、事業は複数の事業主体と計画者、設計者が委員会等などチームとして実施されているなどで、通常、明確な答えが返ってくることは期待できない。このことは、デザイン等の悪い事例行為について、その責任の所在をわかりにくくしているとの指摘もあり、優れたデザイン行為が個人の業務実績として評価できないことがある。

ランドスケープデザイナーのカール・スタイニッツは日本造園学会誌に寄稿した論文で、HerbertSimonのTheScienceofArtificial(1968)にある「デザインとは,現状を少しでも望ましいものに変えようとするための一連の行為である。」を引用し、ランドスケープのデザインの仕事を表現するのにこの定義だけでは十分でないかもしれないとし、それはデザインにおいてはスケールとサイズが常に問題となるからで、私達の仕事は,住宅の設計などの小さなスケールのものから,地域環境の保全計画などの大きなスケールのものまで様々なものを扱っているからとしている。

建築家は建築のデザイン(意匠)を行っているものは、デザイナーと呼ばれる。建築家はデザイナーをも兼業し、デザイナーが建築家を兼務することもある。例として近代ではペーター・ベーレンス、ヘリット・リートフェルトらが挙げられる。しかし、建築家は計画、意匠、監理までに関わるものであり、デザイナーという言葉では非常に狭い意味、狭義のデザインをするものに留まる。

日本でも近年、組織によっては(欧米式にならい)その人の経験によって「ジュニア・デザイナー、シニア・デザイナー、 プロジェクト・チーフ」あるいは 「意匠設計者」「アーキテクチュラル・デザイナー」などと称している例がある。また、特に個人住宅や小規模店舗の建築を行う建築家やインテリアデザインやリフォームなどの内装を重視するケースについては「建築デザイナー」などと呼ぶ例も出てきている。

日本技術者教育認定基準における建築系学士修士課程の認定種別では、基準1:学習・教育到達目標の設定(プログラムが保証する具体的な学習・教育の成果(水準を含む))の(2)で、プログラムが育成しようとする自立した技術者像に照らして、プログラム修了時点の修了生が確実に身につけておくべき知識・能力として学習・教育到達目標が設定されていることとし、学習・教育到達目標を設定する際に(a)~(i)まで項目が定められて、これに関して個別基準に定める事項が考慮されている。

このうち、(e)が、種々の科学、技術及び情報を活用して社会の要求を解決するためのデザイン能力、を要求。ここでいう「デザイン」とは、「建築デザイン (architectural design)」、「都市デザイン(urban design)」、及び「エンジニアリング・デザイン(engineering design)」を指すとした。これは単なる設計図面制作ではなく、「必ずしも解が一つでない課題に対して、種々の学問・技術を利用して、実現可能な解を見つけ出していくこと」とし、そのために必要な能力が「デザイン能力」としている。

デザイン教育は技術者教育を特徴づける最も重要なものであり、対象とする課題はハードウェアでもソフトウェア(システムを含む)でも構わないとし、実際のデザインにおいては、構想力/課題設定力/種々の学問、技術の総合応用能力/創造力/公衆の健康・安全、文化、経済、環境、倫理等の観点から問題点を認識する能力、及びこれらの問題点等から生じる制約条件下で解を見出す能力/結果を検証する能力/構想したものを図、文章、式、プログラム等で表現する能力/コミュニケーション能力/チームワーク力/継続的に計画し実施する能力などを総合的に発揮することが要求される。

このようなデザインのための能力は内容・程度の範囲が広いことを踏まえ、項目(e)では、社会の要求などを考慮し、個別基準に定める次の内容も参考にして適切かつ高度な学習・教育到達目標を具体的に設定することが求められるとして、解決すべき問題を認識する能力、公共の福祉、環境保全、経済性などの考慮すべき制約条件を特定する能力、解決すべき課題を論理的に特定、整理、分析する能力、・課題の解決に必要な、数学、自然科学、該当する分野の科学技術に関する系統的知識を適用し、種々の制約条件を考慮して解決に向けた具体的な方針を立案する能力、立案した方針に従って、実際に問題を解決する能力、と定めている。

語源

デザインの語源はデッサン(dessin)と同じく、“計画を記号に表す”という意味のラテン語designareである。

つまりデザインとは、ある問題を解決するために思考・概念の組み立てを行い、それを様々な媒体に応じて表現することと解される。

日本では図案・意匠などと訳されて、単に表面を飾り立てることによって美しくみせる行為と解されるような社会的風潮もあったが、最近では語源の意味が広く理解・認識されつつある。

形態に現れないものを対象にその計画、行動指針を探ることも含まれ、就職に関するキャリアデザイン、生活デザイン等がこれにあたるのである。